平成18年 熊野古道 二回目

− 十津川沿い川津から小遍路を一路本宮へ 山越えで那智 降って海岸沿いを新宮まで−

 

@序(前年の補足)

 昨年の高野山から一路山中を南下 三浦口に到る旅の記録で書き残したことを 追記する。

 

『大股の宿のこと』

大股の宿は一軒しかない 山中の一軒の宿 津田旅館 なのに8,000円と山中の民宿にしては

結構なお値段 電話での応対は主人であった 二度宿泊人数の変更をやったもので あんたら

本当に泊まるのか?とやられて いえいえ 絶対に泊まりますから・・・と平身低頭であった。

 

大股へ歩いている時に 休憩している東京から来たと言う壮年の二人連れに追いついた 

同じ会社に勤めていて 現役引退後 山歩きをやっていて藤沢と八王子に住んでいる由

今晩は何処に泊まります?とあったので 宿の名前を告げたところ オヤジサン変人でしたでしょ?

との答え いえ そうでもなかったのですが 何か? に  いえね 8,000円は高いでしょ?

それで 世間の相場を話して 高いですね? と尋ねたら 安くは出来ません とピシャリ!

それで ちょっと離れた温泉場の旅館にも問い合わせたが 幾らか廉い位だったので 再度

電話をして お願いします としたら 先ほどの人でしょ? 先客もあるし お断りします! と言われてしまったのです あそこの主人 変人ですよね?

 

彼等は先行して出て行ったが その先には 急斜面の山道が崩れ落ちて 30cmほどの幅に

なっている箇所に遭遇 危険なので上を巻くようにとの掲示板 階段を切ってロープを張り 

上へ登る迂回路が設けてあった。 急斜面に成っているところから見ると これでは山頂付近

まで上がることになろうと推定。では 最初に一人が試してみよう と言うことにして 山腹に

背を付けえるようにしてソロソロ移動 びびるコトが無いなら 滑落しても20m下で深い潅木

そこから上がるのには苦労しそうだが 一挙に谷底へでもなさそうなので 強行突破 成功!

 

そこを抜けて先に3kmほど進み 休憩をしていると 壮年PARTYが追ってきた。

どうされました? 僕らは上へ巻いてみたら 結局山頂まで上がることになって時間のロスが

大きかった ええッ あれを突破したのですか? 九州の人は勇気がありますね で

いえいえ 最初に渡ったものが滑落したら 諦める積りでしたよ には呆れ顔であった。

僕らは ちょっとルートから外れた温泉場に泊まりますので お先に と言って去って行った。

今回は 本宮まで行き そこから帰京するとしていた。

 

大股は谷底の川べりの地だった。 段々高度を下げてゆくほどに気温が上がってくるのがハッキリ

解る 宿は高台にあり山中の土木工事や山仕事を泊まりがけでやる時に利用されるものだった。

東京組みも 泊まる余裕は大いにあったのだが 口は災いの元か?

 

宿に着き 靴紐を解きながら “おばさ〜んっ! 冷たいビール二本お願いしま〜す!”

 

風呂桶は総檜作りで 木の香が良かったし 完全自動最新式の洗濯乾燥機もあり 薄型TVも。

期待通り 夕食には牡丹鍋が出てきた 大根との炊き合わせである 大根が美味しかった 

山葵の茎の白和え これもイケタ 鮎の塩焼きは解禁前で残念ながら・・・。

オヤジサンは 台所から 猪狩り の話しをしてくれた。

猟は 箱罠でなく 猟犬に追わせて 待ち受けて猟銃でしとめる 年間 80100

紀州犬を使うのですか?には あれは小型だが気が強く 猪に立ち向かってゆくので猟犬には

成らない 猟犬は熊本から仕入れる 高いものは一頭200万円する

 

最近 紀北・紀ノ川沿いでイノブタを養殖で飼っていたのが 商売にならないと閉鎖 

その時に放したのが増えて 段々南下してきている 豚の体格と猪の気性を持っているので 

扱い難い 猪は 犬に追われると逃げるが イノブタは待ち構えていて 犬に逆襲して来る

その牙にかかってやられる猟犬が出始めて 頭が痛い と語った。

 

ちなみに 地酒をお願いします としたが(新宮にも“太平洋”があるし 紀ノ川沿いにもある)

家には 沢の鶴 しか置いてないよ で 画龍点睛を欠くではあった。

 

その夜は 窓外にある小さな池の住人なのであろう モリアオガエルが一晩中鳴いていた。

 

A今年の第一日目 平成18519

  (泉大津上陸 奈良を見物して五条から十津川沿いのバスで 川津まで)

この日は 明日からの歩きのために 山中の川津まで行き 民宿に泊まる

朝八時に泉大津に着くので 昨年は室生寺を観に行ったが 今年は定番では有るが 久し振りに

東大寺を観に行くこととした。 泉大津から難波まで南海電鉄で出て モーニングサービスを食べて

近鉄で奈良へ。小一時間で奈良に着く 便利になったものだ。バスで東大寺へ行き 入口近くの

土産物屋の手荷物預かりにザックを預けて出かける。

相変わらずの人手で 修学旅行生もだが 異国人の観光客が多い。 大仏さんを観た後 入口の

右手に在る「オビンズル」さんのところへ行く。

高校生らしき男子学生がやってきたので 「オビンズル」さんの功徳と お参りの仕方を教える。

中国人らしき女性も聞き耳をそばだてる。

“治して欲しい処とオビンズルさんの同じ場所を手でさすり その手で自分の場所をなでるのだ

浅草寺の香炉の煙でやっているのと同じようにな ただし「頭」はオビンズルさんは大きいから

手が届かないよ“と説明。 件の中国人の女性も 高校生に混じってやっていた。

 

正倉院へも足を延ばしたが 休館日。 ならば ズット手前の入口に掲示すれば良いものを。

まあ 周囲を取り囲んでいる木塀が低く 中は観ることが出来はしたが。

その足で 二月堂へ。 三月堂や五月堂もあったし それらが校倉作りでもあったのがメッケもの。

二月堂からの眺望はよく 朝方の雨も上がり 奈良市街は一望 生駒山や 南の山々も映える

ここは良い 来た甲斐があったな〜 ではあった。

 

JR奈良駅に出て五条まで行き 駅構内に入ってくる奈良交通バスで 一路 川津へ 1,950

五条から南下して 吉野の山を越える 結構な峠になっている

分水嶺を越えると 十津川に出るが 細い谷あいの道路を可也の速度で走行する ダムが多い

二時間二分で 川津 着。 昨年も引き揚げる時に泊まった 民宿 ますや は目の先。

 

旅館の玄関には トレッキングシューズが二足あり 先客のようだ 夕食時に 老夫婦が一緒だった。

高野山から歩いていて 今日は大股から降って来たとしていたが 雨で路がすべり手をとったと

話していた。 明日は 同じコースを辿るとのコト。 旅は路ずれ。

双方ともに小柄だったが 御爺さんはガッシリの山男タイプ この人は鍛えているな と解る

女性のほうも 細身だが 山の経験は豊富と見え 静かな好印象の老夫婦だった。

B第二日目 平成18520日  ;標準時間 7時間半

(小遍路の中途 三浦口から三浦峠を越えて十津川温泉まで)

二日分の身の回り品をザックにつめ 残りの荷物は宅急便で 明後日の宿に着払いで送る手筈を整えて 十津川村役場に予約していた754分発のバスで 川津から支流を遡り三浦口まで登る 21分 460円 だが登りで6km弱あり 歩けば一時間半ほど掛かり重宝 老夫婦も一緒。

 

吊橋を渡る いつもながら とっつきからの山道は 一挙に稜線を目指す。 朝の元気なうちに 高度を稼いでいたほうが後が楽。 一時間か一時間半毎の小休止も10分ほどにして 一気に登る。

中途には 〇〇家の跡 とか 屋敷林の跡など 往時 人が住んでいた跡があちこちに在る。

昨日までの雨模様のせいか 空気も澄んでいて 新緑も映える。

路はまだ辿る人が少ないのか 細く植林地帯も横切って登る。

杉林を抜けたところで 目前が開ける 三浦峠(1,080m) 案内板と休憩所がある

十津川から上がってきて 西へ抜ける林道に峠でクロスする 小遍路は南へ向って走っている

峠からの路は暫く南の山襞が見えていたが ほどなく山中に入ると 眺望も余りきかず 降りの平凡な路を淡々と辿ることになり茶店跡なども在る。往時は隣村へもただ“歩く”であったろう。

ただ 高度が1000m近いので気温も低く 尾根歩きが多いので風通しもよく 歩きには快適。 昨年は多く聴けた キツツキのドラミング 残念ながら今年は聴けなかった。

 

谷あいの麓に出たが村営バスは時刻が合わなかったのでと 缶ビールの自販機の前に座り込んで

喉を潤していたら 何がどうなっていたのか 小さなバスが角を曲がって姿を表した!

どうしようか? 乗ろう! でザックを鷲掴みにして 駆け出す。

 

十津川温泉 見当をつけていた箇所に近付くと 街中に「松乃屋」の屋号を壁に大書した家が在る

あれだっ! ところが 崖下のようになっており 降り道がわからないし 降りても

玄関が見つからない あっちにこっちになった 十津川沿いの狭い適地に家が集まっている。

 

露天風呂と案内にあったが なんと宿の屋上にコンクリート製の湯船が作ってある代物 亭主の御手製

まあ 余り上等とは言え無いが眼下に十津川が見渡せる眺望のよさは 夕陽を浴びて結構でした。

夕食の広間には 往年の筏流しの写真があった 一旦 川を堰き止めて貯水し 筏を一気に流す

その写真であった。学生時代 昭和30年代 大峰山系の向う側 北山川では 筏流しをやっていたと記憶 今は ダムの出現や トラック便の発達で消えてしまっている。

 

C三日目 平成19521日 ;標準時間 7時間半

 (十津川温泉から 果無=ハテナシ山脈を越えて 本宮 その後 川湯温泉 民宿 こぶち 迄)

前日 宿の主人から「野猿=ヤエン」(=川に渡されたワイヤロープにぶら下がった箱に乗り 別に

渡されているロープを手で手繰って向こう岸に渡る 人力駆動ロープウェイ)が 近くの上流にあると

聴かされていたので コトはついでだ 乗ってゆこう と出かける。

川幅は 100mほど 高さは水面上20mほどだろうか? これは 面白そうだ!

三人 それぞれ向こう岸までの半分まで行って 引き返す 一人で手繰るのは結構ホネだった。

 

引返して 果無峠への路にとっつく この辺りまで来ると辿る人が増えて 路もハッキリして

いる と思ったら 上に上がったところが 果無の集落だった。

中途の路からは 麓の十津川温泉が 蛇行する十津川と共によく見えていた。

 

畑の中の小道を抜けると果無集落になり 休憩所があり山水も引いてある そこで三浦口で

別れた老夫婦に出会った 可也のザックを担ぎスパッツも付けて余裕綽々 今朝は早出されたか?

速度は出ずとも確実に稼いでいる 本当に山歩きを楽しんでいる姿で 観ていて こちらの

気が和む心地だった では お先に失礼します で別れた 一期一会。

 

中腹の観音堂を過ぎ稜線を目指す。天候も良く 稜線上に出ると一望できる箇所に出た。

南の方角に深い谷が在り その向うの山並みが果無山系 そこを目指して右側から巻く地形。

晴天で 木製のベンチも作ってあり 上着も脱いで陽光の下 裸で暫く休憩 八朔を食す。