『お遍路 旅日記』

              「走って お遍路 八十八」 H11年(第八回目)

                        99413 418

毎年 連休に出かけていたが 周崎さん 和田パパは 休日にも勤務がある

連休は 誰しも休暇を取りたい刻で  難しくなってくるとの事

  今年は 火曜日の晩から 出かける事とした

4964 ジジババ世代 男性 7人:女性 5人  総勢 12

事前に 岩屋の簡保センターへ30km:河内越え23km:

  維新・海峡ウォーク30km 毎週のウォーミングアップも バッチリ

今年は 佐伯から 宿毛に渡り 40番・観自在寺、41番・龍光寺、

42番・仏木寺、43番・明石寺を巡り 次回久万高原の44番を目指す大洲迄

          111kmを三日半 最長で40kmと 楽勝コース

1日目(黒崎駅 午後1132分発 宮崎空港行きの 夜行の特急で佐伯まで 行く

        この特急 大分で時間調整の為に小一時間 停車すると言った代物

        朝四時四十分着 五時十五分発のフェリーで二時間四十五分 宿毛に 8時到着 

        土佐くろしお鉄道 終着駅「宿毛」までTAXIで行き 今年の「歩き」の始まり

        先ずは 40番・観自在寺を目指す  晴天 風が少々 27,386  23km)

らしく 見え  らしく にも成る  馬子衣裳

昨年 足摺・金剛福寺で金剛杖を求めたが カミさんが 笈擦り を買って

呉れていた  始めて 手を通す  菅笠は最初から使っているので 残るは

輪袈裟  頭陀袋 か?

          荷物運搬のTAXI運転手さんが 「宿毛」駅からの 取っ掛かりを教えてくれる

・「次期会計!!」言われて ヤンチャも お利口さん

ジジババ世代なのに 心配事無し 遊び好き 足の引っ張り合いに どつき合い

先達さん:会計は 2、3年交替でやっているが「あんた そんな事しよったら

来年は 会計にすっけんね!!」で 背筋が張って ピンとした空気が流れる

それも一瞬だけ「会計にすっぞ!!」と言い合う始末で 直ぐ効き目ナシ

「先達さんが 納経帖を忘れるようじゃあ まだまだだね 当分やって

もらわんと 卒業は難しいネ」といった事態も発生

  「まあ〜 それはね〜…」とあっても 先達さん 形勢不利!!

・「落ち蜜柑!!」勝手接待 言い訳し

国道を避けて 遍路道の 松尾峠越えを辿る  温暖な地域性からか 柑橘類が

山中も多い    結構大きな物もあるが収穫されないままになっている

落果している物もあって  ワイワイ言いながら  もぎっている 元・若者も

 新鮮で 酸味も強くなく 以後 アチコチで 「落ち蜜柑が あった!!

土佐では 小夏柑があったが ここでは 未生柑

・番屋跡 茶屋跡石垣 苔むして 樹間に溶け行く 遍路道  

松尾峠  宿毛湾が眼下  土佐から出る街道は久万高原:祖谷渓:四万十等

あるが 主要なものは 室戸から甲の浦を通って阿波へ

もう一本が この宿毛から 伊豫・宇和島に抜ける松尾峠

 今は県境になっている

竜馬や幕末の草莽達も この場所を辿っただろう

江戸時代には 二・三百人/日の往還が有ったと 案内板にあった 

今は面影も無いが トイレが奇麗に整備:手入れ してあり 気持ちがよい

下りの伊豫路に入ると道が広く見違えるほど整備されている WHY

 

・三食に 昼寝もついてる 遍路人

下った処で 昼食だが 食堂無し 喫茶店「セピア」に入り奥の日本間に上がり込む

ラーメン定食 うどん定食 小生は豚肉の生姜焼き定食

ビールは無しで 近くの酒屋から持ち込み

「餃子も無いよね!」と 自分に言い聞かせている声も

食べおわった女性軍は 一斉にゴロン  十五分なのに 寝込んでしまう御仁も

 夜行列車:三時間余りの フェリーでは 寝不足か?   育ち盛り だから

にしても…    「お大師さんに 怒らっるぞ」

・見ていても 観られている気がする  巨漢牛(大体 1000kgの体重だとか)

山道に近くなった処で  囲いの中 柱に繋がれ手入れをされている 巨漢牛に

出くわす  ごっつい角に 巨体もイイトコロ  闘牛用の牛と 一見して解る

すごいな〜 と見ていると 「ギョロ〜リ」と ゆっくり頭を廻す  貫禄!!

 村中に出たところで 取り組み表が 民家の壁に貼ってあった

〇〇太郎 とか 優しい名前であった   其の後 下った河川敷きにも

二頭居たが  コッチの方が まだ大きい体格をしていたし悠然としている

土手の上で 休憩を取っている中年男性の「歩き遍路」さんを追い越す

今年は「歩き遍路」に出会う事がこれ以外に無かった  その後 この人には

「紫電 改」を観て宿坊に帰る時 反対側の歩道を歩いているのに出くわした

 ・「御一統」の 言葉にドギマギ 影絵(ミエ)忘れ  

観自在寺に到着  納経をしている時 筆を取っていた人が

「森様の 御一統で?」「はあ〜?! その一統で」「久保様から 四時頃着くからと

連絡がありました  皆さん 御着きですか?」と すごく丁重

 帰って 整理してみると「御影絵」を忘れていた 納経帖と共に戴くが

たまに 自分で取って下さい のお寺さんもある  あれこれやっていて失念か?

二階の部屋で 荷物を整理していたら 「久保さん やってきたよ」の声

本堂に居た  バスで下って来たと 「やあ やあ」である

八年目 「らしく」成りたか 「順拝団」

宿坊を開けますから とされ玄関へ  「森順拝団 御一行様宿坊」の大看板

「順」は「巡」が正解と思うが 「順拝団」に びっくり

車と観光旅館に 変わってゆき 宿坊泊の人も減っていると

WEEKDAYでもあり 宿泊は 僕等のグループのみ

宿坊には「信徒会館」とあった

のどかなり 本日来場 四人です

今回の 小生の「目玉」  「紫電 改」保存記念館を目指す

宿坊の人に 交通の便を尋ねる   御庄湾を跨る 1.6km のロープウェイの戻りは

四時五十分が最終とか TAXIを呼んで 久保君を除く 男性六人で出かける

対岸の山上に渡る ロープウェイは 四人乗りのゴンドラ  時速12kmと結構スリルあり

 往復&山上の展望タワー搭乗も入れて 1250 「にしては 安い!」

山上には 庭園の手入れをやっている人達 ロープウェイ:タワーの操作員

 しかし 人影はない  メンバーの一人が尋ねる  「今日は どれくらいの人出?」

「今日は 今迄に 四人でした」  「????」

晴天で 風も無く 眺望も良く利く 宿毛湾:越えてきた嶺も見える

「あの マイクロウェーブ反射板の横を 越えたよね」と展望タワーから 

「にしても 四人では のどかな 筈だネ」

それでも 何も買わなかった売店の オバサンも

「有り難うございました」と 丁寧に挨拶をされる

          帰途は歩く コンビニが道端に有り「明日の弁当はあそこで仕入れる事にしよう」

・生き生きと 迫り来る程 なお更に 時の流れを 示す戦跡

「紫電 改」は思っていた以上に保存状態が良い 一部手直し 塗装もシッカリ

計器類:四門装備の20mm機関砲弾:燃料タンク:酸素・炭酸ガスボンベ・・…etc

燃料タンクは 赤色の防弾ゴムで覆われていた  ダンロップの水枕色

川西航空機製 迎撃用 自動空戦フラップ装着局地防空単座戦闘機の四枚ペラは

不時着水の衝撃で 先端が彎曲している

343 松山海軍航空隊所属昭和20724日; 不時着水が目撃されており

当日未帰還の 鴛渕大尉以下 六機の いずれか ではあるのだが

4.86トンの機体を 時速620kmで飛ばす 21 1990馬力 空冷18気筒

星型エンジンの胴体は ずんぐりむっくり  力強い

           隅の小部屋に御老人が 堂守 の如く ぽつねんと座って 本を読んでいた

          機体の生き生きした様に 接するほどに 周囲のひっそりした雰囲気との

          対比で  胸が痛む想いがする

・勤行に 声を張り上ぐ 般若心経

朝六時からのお勤め 寺の人が 本堂への渡り廊下を案内してくれる

般若心経は 七年も経つと全員読めるようになっている  前段の辺りは

モグモグだが 般若心経の下りになると 俄然活気付く

勤行を 横耳に流し ペルシャ猫  足を伸ばしつ  薄目明けたり

本堂には 電気カーペットが敷いて有った  何時の間にか猫が一匹

正座している面々の間に ゆったりと 入ってきてゴロン

毎朝 やっているのだろうが  呆気に取られる

ちょっと 態度が大きいのではないの?

・生き生きと 語る住職 「方便究竟(ホウベンクキョウ)」

         (注)方便究竟=彼岸でなく 現世に極楽が在る と言う 真言密教の 教え

お勤めが終ると 住職の講話

@ 空海は讃岐・佐伯氏の出で中国に渡るまで;難破&漂着した福建での交渉

長安で恵果から「真言」を受ける下り;サンスクリットの勉学;帰国の難儀

(難破するが「波切り不動」に導かれる大師が二体の像を刻み

  一体は高野山に 一体が36番・青龍寺の本尊になっている)etc

A「ぎゃ〜て ぎゃ〜て はらぎゃ〜て はらそ〜ぎゃ〜て ぼ〜じそわか」は

漢訳もし難いので 原語 其の侭になっており その意味は…

B癌を克服したと言う 幸子氏が 最近もやってきた事

          C中国・大連の若者 13人(女性3人)が「お四国」に修行にやって来た

剃髪し 経文もローマ字で憶えた由  欧米の人達もやって来る

英語のガイドブックも在る

  「世界遺産」への登録が内定され修行する「場」として世界的に

D平城天皇が 罹病した際 治癒を祈願して建立された勅願寺であり

  その事から「観自在」と 般若心経の最初の経文が 寺名になっている  

E九州と言えば 最近 黒髪山に登った  陶磁器が好きで 有田の陶磁館は

立派ですネ

等と話し  六時半から朝食なので 其れまでは 話しを繋いでおかないと

叱られるので・…と

               『方 便 竟』の 世界であった

*1番・霊仙寺から 一番離れた札所である 「裏 関所」の別名もある

2日目(この日が 今回では 一番の遠路 峠を二ヶ所越えて 宇和島:国民年金保養

        センター迄 40km  観自在寺を七時半に出立    51,323歩)

「菩提」でも 「真珠!」の声に  還俗す

の国からは 「菩提の道場」となる

寺から出て コンビニで食料:飲料を各自仕入れる 昼食は何処かで摂れるだろう?

御庄湾からは それまでの「はまち養殖」の筏が「真珠養殖」に替る

 浜の一角に あこや貝の まだ濡れている 新しい貝殻の山

女性陣 「一個 残って居ないかしら?」と 崩してみている  修行不足 !!

・有り難や 遍路装束  最恵国(待遇)

        *内海(ウチウミ):柏に到着 ここから山越えのルートと海岸沿いのルートがある

           インターネットで見つけた「御遍路 旅日記」に 山越えを辿って 時間が掛かり

          予約した宿に 行け着け無かった とあり 其れを読んだ女性陣は

          今日は 最長距離であり 2km距離が長くても海岸沿いを行きたい

          していた  山道は 海岸から 400m迄 一挙に上がる

            初日 先達さんから 行動は一緒にしよう ついては 山越え でとされていた

          観自在寺の住職が 海岸沿いには 天皇がその景色を愛でた展望台が

          ありますよ とされたので これをきっかけに 巻き返して 海岸沿いになった

            その岐れ道に来て 郵便局の前で休憩していた時土地の人がやってきて

          山道も軽自動車が通れるくらいに整備されていますよ となって 再逆転

            結局 二手に分かれる事に  森ママは 山越えへ

一昨年 清水さんが 自転車で お四国参り をやった時 この海岸沿いの

鳥越しトンネル の入口に 食堂兼魚屋が一軒ポツンとある  ここの鰹が安くて

美味しかった と聞いていたので地図で再確認して そっちに行く事にする

今日から 参加した久保君も 足にはイマイチ自信が無い事と 鰹の話しで

  海岸沿いグループに参加

有りました!  魚屋さん  鰹も大きいのがポリスチの箱で氷を被っている

「おじさん これ幾ら?」「四千五百円」「えっ! そんなにするの 一昨年

この店で買った人は五百円で美味しかったと言ってたが」「それは

小さな奴だろう これは5kgあるんだよ」 室戸 出身の久保君 ちょっと

触ってみて 「こいつは すごく生きが良い!!

「おじさん 何とか成らない?」「アンタたちの格好もあるし 相手によって

値段もかえるのでね仕入値段が三千八百円だから四千円でいいよ」

(注)翌々日の新聞県漁連宇和島支部の市況では鰹 8401050/kg

「おじさん 刺し身にして下さい  試食もしたいので」皿に盛ってくれた

箸が要る  醤油も下さい  普通の醤油も御願いします娘さんもキリキリ舞い一斉に試食開始ヤッパリ旨い  ついでに 手作り豆腐も 戴きます!!

「自分等は ざっとあぶって 皮をパリパリにし刺し身にする中は

タタキよりは 火が通ってないが そいつが一番美味しい食べ方」

          「今度 やって来る時 前もって連絡してくれれば伊勢海老なんぞは 1500

準備して待っている事も出来るからネ宅配も配達集金でOK

「十年位したら またやってくるから 待っていてね」と 和田ママ

「歳だし そんなには 待てんかも しれんな  次の人が一匹買って帰ってる

  だろう あれは アンタ達のよりも小さいが 4,500円だよ」 

名刺も呉れた

(有)オカモト・ニコニコマーケット  岡田  

    (店)〒798-3074 南宇和郡内海村平碆

    (自宅)PHONE 0895-72-0071

*「おじさん 山越えをやっている面々と 5km先の大門で落ち合うので

    氷を下さい」と久保君  リュックに詰め込んで それ行け!エッサッサである

なにしろ鰹に詳しい久保君は二時間以内に食べないと味はがた落ちに成ると

今迄に無いスピードで飛ばし出す  女性陣も 「どうなってんの? 久保さん

この為に 力を貯めていたのでは?」と呆れ顔

  トンネルを抜け下った農協スーパーで 久保君は 薬味の 生姜とニンニクを仕入れる

山越えをやっている面々へはアマ無線で 「清水さんの話しに有った鰹を

仕入れた  そっちは 麓に出たら 兎に角ビールを確保するように!!」とする

  なかったら 事だな とスーパーで 1リットル缶を買う

(2リットル缶も手にしたが1kgの重量差 喉を潤すには 1リットルでよかろう)

・青空と レンゲと 鰹と ビールあり この世は極楽 みんな幸せ

嵐坂トンネルを抜けると 下りになり 降りきったところが会合地点

鰹の一部分を担いでいる 女性陣 長老の久保タマコ姐さん俄然スパートで走り出す

 醤油は担いでいないので 先着しても 手も足も出ない お預けに成るのだが

山越えの面々が 下って来ているのが見える 先行部隊から「ビールを仕入れた」

川縁の土手の上で 戦果を披露する「こいつは美味しそう!」ワンサとあるよ!

久保君にとっても 鰹とは こういう物の事を言うのですよであったろう

ソレゾレが持っている 昼食を出し合う

 小生は 出発の晩 黒崎駅で仕入れて 持って回った「稲荷鮨」を開陳

「三日経っているから 味がなじんで食べ頃よ すき焼きも翌日が美味しい」

        *かくして 今年も 初鰹に ありつけた

杜人の 暮らし目にする 遍路道

川沿いに下り ゲートボールをやっていた御老人達に「あっちだよ」と教えられる

ある橋を渡ったところで 草色をした作務衣様の衣服:地下足袋:竿を肩に

魚篭を下げた 中年の男性  道端の家に入って暫くして出て来る  次には

畑をやっていた 主婦とおぼしき女性の処へ行き 魚篭の中を見せている

 なにやら歌を唄いながら ヒョイヒョイと 飛び跳ねるような歩き方で

連れの周崎さんと顔を見合わせて  なんだろう?

察するに 鰻取りではなかろうか?  岩魚:えのは の類かも知れない

暫く行くと「大鰻」が棲息しているとの看板  これかな〜?

何を売っていたのか 解らないが 自分で獲って来た獲物を商っているのだろう

宮本 常一 著「忘れられた日本人」にある「土佐源氏」の話しを連想した

今様は 代掻き作業も 自家用車

田植えが終った処もあるが 代掻きをアチコチでやっている

畦道に大型の自家用車 全て小型のトラクターでやっている

海岸に近づく 川の流れが緩やかになって 水鳥も見える

が一羽水面すれすれに 川上へ飛ぶ  土佐で多かった 鷺は少ない

・さながらに 駆け抜けギャングの隧道越え

今回一番長い「松尾トンネル」 全長1,750 飛ばしても 十五分位掛る

トンネルの入口で 休憩:足の手入れ に加えて マスク:手ぬぐい:ハンカチで

ジェシー ジェームスさながらの扮装も

ウォーミングアップが終った面々からそら行け!!  側道を歩くので 速さにも限界あり

 小生は カミさんが出してくれた出発前の身支度:荷造り の中にマスクが

あり持参はしていたが 今迄と同じ ペースで 歩を進める事にする

久保君は 麓の 岩松 宇和島バスターミナル辺りで足を痛めたようで

二日あるから 無理をしない方が良いと宇和島行きの バスを勧める

 宇和島バスのロゴは 大阪商船に似た「旗」マーク  母体が 海運会社だろう

         この付近は山が迫っていて 海運が主体だった名残か?「宇和島運輸」の航路あり

・ユニフォーム 同じであれば 直ぐ仲間

宇和島の町中に入る 地図で見当は付いていたが 先達さんは お巡りさんに

尋ねていた

道を辿っていると 後ろからサイクリングの お遍路さん

 「どちらから どちらえ?」 と会話が直ぐ始まる

今日は 大月を出て来たと 去年 先達さんが 救急車 騒動に会った町だ

 地名を忘れていたメンバーも  ああ そうそう  と想い出す

にしても 自転車だと 150km/ 位は行けるから 楽ではあろう

 但し 山:峠がなければ だが

・「かんざし」を 「酒」に置き換う 娑婆信心

今年から伊豫の国に入るので 松山の南 大洲出身の人物に 地酒の銘柄を

尋ねていた@梅錦A千代の亀B五十崎(イカザキ)の「しずく酒」の三種類ありと

 観自在寺に泊った時 紫電改 を観ての帰り道 清水さんが 酒屋に入った

夕食から部屋に帰って取り出したのが紙パックのお酒「何時までも 愛して」

 それが 梅錦酒造だった  一般向けか 少々甘口に感じた

  この銘柄の事は 周崎さんには知らせていた

宇和島市内に入り 市中を抜けて 今日の宿泊所が近づいた処で周崎さんが

この当たりで 酒を仕入れよう

 で通りに面した店に居た 若い女性に

「この辺りに 酒屋さんはありません?」 自転車を押しながら案内してくれた

  金剛杖姿で 酒屋はありません? とは らしくなく 様にならないとは

  言えない事も無いが「坊さんが カンザシを買うのに代えてこっちはお酒だ」

   周崎さんの弁では 就寝前に部屋で一杯やるには持ち込みが一番

  調達から帰ってきた周崎さん  本当は紙パックがかさばらないし良いのだが

  酒屋の人から 紙パックは量が出るものになっていて 本当に美味しい酒は

  瓶詰め に成っていると説得されどうせ 飲むのならと

  梅錦の上等品を 二千数百円で仕入れたと膨らんだ 背中のリュックを示す

本性が 姿を見せる遍路道 猪突猛進 薮こぎ も有り

宿泊所のセンターは 山上に在る「今度から宿は平地にしてよ」 の声も

40km 一日歩いているので 最後の登りは 恨めしくも成る物

 山上なので 車道は「スウィッチ バック」調

直登が出来るのではないかと思わせる小さな階段が 法面に設けて在る

「ま いっか」 と車道を辿る  最後の数十mの地点で階段が有るので

切り換えたら 展望台で行き止まり おまけにその上には立ち入り禁止の

鉄条網が引っ張って有り その向こうには 胸の高さの柵 そこが「センター」

 ここからの引き返しは勘弁してよ  と周崎さんと リュック担いで 障害物競走

裏口から コンニチハ! に成る

後からの話しだと そうした迷いが有ったらしい

カミさんは 小さな階段に取りついたが 上は蜜柑畑で そこから薮の中を

かき分け前進  先行メンバーの視野の中に 薮の中から飛び出して来たとの事

「急がば 廻れ」の戒めの言葉も 本性の前には無力  所詮「言葉」の限界か

 

・事件だな? 姐サン声が  響きます

風呂から上がって 下着を付けていると タマコ姐さんの 半オクターブ高い

声が 扉を突き抜けて 聞こえて来る

出てみると 廊下の行き止まりの場所に 洗濯乾燥機(遍路用にも準備が多い)

 そこに 制服姿の職員が二人が居て  タマコ姐さんが なにやら謝っている 

昨年 和田ママだったか 濡れたジョギングシューズを乾燥機に入れたものだから

運転と同時に回転を始め ドタンバタンの大騒音事件があった  類似事件?

判明した処では 洗濯機の位置を変えて使って呉れだったので 動かしたら

  排水ホースが 排水口から 外れて 廊下に流れ出してしまったと

「そんなの 謝らないでよ  こっちまで 慌ててしまうから」

目前に 人参あれば 手際良く 下塗り:中塗り:仕上げ塗り化粧作業も テキパキと

夕食は 六時半から 戦闘開始としていた

五分前に 部屋を出て食堂に向かう お風呂から まだ女性陣 二人帰って

来ていないと 先発組みの話し

 エレベータで すれ違い 「後 三分しかないよ!!

おやまあ 戦闘開始の時刻にはチャンと 間に合っている

*全員 生ビールで 「乾杯!!

・「お近か付き」 互いに繰り出す 得意技

安部のアッチャンは 昨年スキップしたので 久保君とは初対面

紹介した時 安部さんは メンバーではカラオケの一番上手な人とした

 宿泊所は 改装一周年とあったが 当世風に カラオケルームあり

夕食も終りに近づいた時 久保君が「お近付きに カラオケはどうですか?」

嫌いでも無いので 「ヤロウ ヤロウ!!

そう言えば 久保君はマイクを持ったら離さないと  聴いた事が有ったナ

久保君トップバッター  安部さんは おはこ「天城越え」も繰り出した 

低音と裏声の巧みな 組み合せで 久保タツ兄さんも 参ったかな?

最後は このグループがいつも全員で唄う 「川の流れのように」でお開き

更正の 申告:抗議の効き目無く 前科の鼾で 隔離部屋

森パパ 「僕は体質が変って 最近 鼾をかかなくなったんよ」と懸命に申告

幾ら 先達さんでも アレとコレとは別物

結局は 皆から無視されて 清水さん 和田パパと相部屋に  三部合唱団

「清水さんには 押し入れに入ってもらおうかな」

「明日は誰か 代ってくれるよネ」と一人ごち乍ら 去って行く

上等 梅錦は 本日中途でバスに切り換え先着の久保君が 宿に交渉して

  梅錦を冷やしていた それとは 別にも事前準備して呉れており出番無し

部屋で少し試飲し 次の宿坊で 呑む事に切り換える

「ロハ」なれば 「欲」がむっくり 起き上がる?

        *朝食時 50人程の遍路衣裳の ジイチャン バアチャン   わいわい がやがや

          そう言えば 駐車場に 大型観光バスが停まっていた

            食堂の片隅に コーヒーサーバーが置いて有った

         「これは 只なのよ」 と誰かが 言った  途端に ザワザワ  我も我も

          ジイチャン バアチャン には 煎茶がお似合い とは想うが…

           「人は人」ではあるが  何となく哀しくなる  これも「お遍路」である

 

 

 

3日目(今日は お寺さんが 三ヶ所   42番と43番の間には 峠が有る山中に入る

        晩は 明石(アケイシ)寺の宿坊泊   距離も短いので 朝八時 出立

        予報では下り坂であった天候も若干後ずれで   24km  36,734歩)

・亡き人の 声がするよな 鄙の朝 念願叶った 宇和島の地

宇和島は 父方の祖母の生まれ故郷  今年は 五十回忌

一度行ってみたい と想っていた 

祖母は 跡取りでも在ったので 父の兄が 祖母方の養子になった

 其の後 宇和島のお墓も関西の方に 移してしまい縁が切れたと

母の話しでは 東の山付に有るお寺に 代々の墓所があったとか

 山付には 五ヶ所の寺があり どれか解らない

こじんまりした 宇和島城  伊達藩 十万石

    藤堂高虎から 伊達政宗の長男 秀宗へと続いた 土地

優しかった 祖母の事を想いだしながら 朝の道を下った

思いやる 心根一つに お接待

坂の下から上がってきた センター勤務のオバサンが 道に迷わないようにと

  中途まで 引き返して ついて降りてくれる

            麓近くの お寺の処から 戻って行かれる 「有り難うございました」

上がって来る 御老人の集団とも すれ違う

前日の夕方にも 夫婦が上がっていた  健康の為に 皆さんやっているのだろう

道尋ね 10キロなんぞ軽いもの 呆れ顔した 街の人

宇和島駅の裏に国道が有り 渡らねばならない 駅前でサラリーマン風の男性に尋ねる

「何処へ 行かれるのですか?」「龍光寺です」「えっ! 10km ありますよ!

ワイガヤで 立ち入り禁止も 押し破り

大きく廻ると踏み切りが有るのは地図で解るが・…

ホームの外れに 跨線橋が見えている  あそこへ 行けばよい

老人が こっちです と手招きしてくれるが直ぐそこに見えている

 線路脇の柵を回り込めば 何とか成りそう 手分けしてウロウロ

コッチが通れる と鍵の掛かっていない扉を開けて 駅員用の通路を

抜けたり 柵の切れ目をすり抜ける

跨線橋は レールを曲げて作った こじんまりしたもの

都会では 見かけなくなった 懐かしい造作物

ガタゴトと 山中分け入る 伊予土佐線

右手の山中を 予土線の列車が一台 ゆっくり追い抜いて行く山桜 盛り

四万十川上流では 「トロッコ列車」を引っ張る ローカル線  元々は軽便鉄道だった

拾い蜜柑! お接待の 誘い水?

道端で休憩  蜜柑を取り出して皆で食べていると 後から来た お婆さんが

「どこから きいさったか?」から会話が始まる

「この蜜柑 拾った物だけど 結構美味しいですよ 時には 苦いけれど」

「拾わいでも ジュースを作った 残りの八朔が有るから…この先の家です」と

お婆さん 袋を二つ提げて待っていてくれる  牛乳パックも入っていた

会計のカミさんが 作法に従い 右代表で 「納め札」を渡していた

金剛杖 天秤棒にも 早替り

なにしろ 十二人への お接待 施す方も 受ける方も 荷物に成る

缶ビール 数に限りで 口拭い

龍光寺に近づく  町外れで 商店も無い

小さな店に 「こんにちは」外から お婆さんが戻って来る

パンもありません ビールも冷えたのは 冷蔵庫にある 四本だけです

丁度 人数分あったので ここで飲もうヤ その代わり 先行組みには内緒ダヨ!!

子のお尻  石像にても  まあ可愛い!

龍光寺 到着  境内に子安観音像 足許には子供が 観音様にすがっている

子供の像には 着物が着せて有る

 和田ママが 着物をめくって お尻を撫でて 「まあ 可愛い!!

納経も 能率第一 興ざめす

「納経帖は 纏めて出して下さい その方が早いので ほら! そこの人も…」

「動作研究」ではないが 確かに 単一作業に分解して纏める方が

全体としては 早く成るのだが…

 と思っていたら 団体さんが ドッ!!  ガイドさんが 納経帖を ドカッ!!

何度も 出会っている風景  一人で記帳しようとすればそうなるか?

春盛り 山川草木 仏性

町役場に 携帯電話で食堂の在り場所を尋ねる 駅といっても無人駅で

駅前食堂も期待できず  中華料理屋があります との返事だったと

 餃子でビールか との期待も

結局 農協 JAのスーパー Aコープで 各自好みの弁当 とビールに となる

抱えて戻って 小川の土手の上で 「さあ やろう!!

晴天で 風も暖かい 八重桜 草花も咲いている 小川には 小鮒が沢山居た

街道に 華を盛りにチューリップ  花の気品で 矢車草

仏木寺に近づく  屋根の上の金色の 宝珠が目印

大師が 唐で投げた宝珠が 見つかった と言う謂れが有る お寺

道端には 長い花壇にチューリップが 真っ盛り

赤:白:黄色 ちょっと ギンギン

*阿波:土佐には多かった桐・野藤の花が少ないおだまき がアチコチにあった

会計の 役得 大盛りアイスクリン加えて おまけも 引き出して

晴天で 氷菓子も魅力有り 「アイスクリン下さ〜い!! で道の向かいの

  バス停の店に居た おじさんが走って来る

 最後の二個になって カミさん 「おじさん 大盛りネ!!

ワイワイやっていたら カミさん アイスクリンを ポトリ!!

「おじさ〜ん 落ちちゃった」  でもう一個 ちゃっかり 手にしている 

得意技の 「押し&ニッコリ」 戦術でアル

身を縮む バスが追い抜く 片身トンネル

明石寺に向けての 峠道

「楽を取るか? 苦を取るか!」と 旧遍路道への お誘いも出ているが

急坂を登った直後でもあり ここは 論争も異議も無く トンネル!!

  この422mの 歯長トンネル 珍しく 一車線に近い道幅

中央線も無く 小型車もすれ違いは ギリギリといった処

ありし日の 己の姿か 「左様なら!! 一声残し 去り行く村の子

明石寺に近づく 皆とは違った村中のルートを辿る

家から 飛び出した子供が コッチを見て 「左様なら」 と言って

自転車に乗って 走って行った

宿 間近 杖の音軽い 夕暮れ野道

飛ばした訳ではないが 別れたメンバーよりも 先行する結果に

最先端組は 既に到着&入浴の連絡「小さなお風呂だから 到着順に入って」と

先達さん 昼食の時 「予定より遅れて 六時頃着きます」と携帯電話で

連絡していた 

お寺さんでは 三時半頃から 沸かして待っていたと

 

 

・拍子木で 食事開始は ムショ気分

メチャぬる のお風呂に入って 夕食

若い僧が 明日の勤行:朝食の時刻  本堂に行くのは 太鼓がなってから

退出する時刻 等を話した後で では なにやら唱えた後で

拍子木を 数回打った  それが食事を摂る 合図のようだ

 映画で 刑務所の 食事を取る場面が有りあれは ホイッスルだったが・・

*ここには 修験の道場があったそうでその名残かもしれない

・「涅槃」とは ドンブリ酒の 境地かな?

夕食時に 飲み物は?とされ 酒は上等梅錦があるのでビール八本としたが

待てよ! 酒の注文が無いのに 何故 酒の残り香だ? まずい!

追いかけて 「お酒も 八本御願いします」

 その内 賄いをやっていたおばさん達も 八時には帰りますのでと

食卓は片隅に 置いておいて下さい と退散  貸し切り状態

(住職 僧は その前に 麓に帰って行った)

上等 梅錦 登場

女性軍団 俄然 張り切る 最後は お椀の蓋から ドンブリ酒に 

周崎さん一升瓶を持って 走り回っている オイオイ!!出来上がってしまった

 一旦部屋に 引き揚げて行ったのに 和田ママ登場 「金剛杖を貸して!」と

暫くすると 久保タマコ姐さん:安部アッチャン:カミさん がやって来る

和田ママが 金剛杖を頭上に振りかざして 「どいつが 鼾をかいとるんじゃ」

 と荒れているので 避難してきた

翌朝の和田ママの話しでも 「そうだったんヨ! 寝られりゃしない でね…」

森ママはニコニコ笑って 布団の中から見上げていたと それって「金縛り」?

「もう お酒が無いんね?」 あれだけ飲まれては計算違いも 良いところ

久保君 お勝手に もぐりこんで 「月桂冠があります!!  嗅覚 抜群だ

 「清水さん あんた 焼酎を ボトルに容れとったヤロウアレ出しない!!

*「みやもっさん お酒の追加注文 あれ 正解やったばい

  外から この部屋に入ったら ものすごう 匂っとる」

「鼾組」 上座に追いやる 大広間

清水さん 御一統様は 広間の上座の そのまた上座に

清水さんには 更に 衝立てのサービス  「あんた ここばい!」 ウもスも無し

住職の 心配りか 再度和す 冷気の中の 般若心経

夕食時には 石油ストーブを点けていた程 気温は下がっていた

朝のお勤め 「皆さん般若心経は ご存知?」「はい!!!」般若心経は 二回唱えられた

『住職の講話』

@現代は 何もかもが スピードとなって 「急()いている」

歩く という速さが身の丈にあっている  その時間を掛けるという事は

それだけの 功徳を得られるでしょう

A人間には 欲があって その欲が 人間のエネルギーにもなり エンジンにも成る

人間には 知恵があるが それも使い方如何

 

           他人に 直ぐ目が行って そのせい にもするもの 偉い経営者とされる人も

           口にはせずとも 上手く行っている時はあれは 俺がやったからだ と思うし

 マズイ事になると 俺はシッカリしているのに 部下がシッカリしないから

こんな事になってしまう と考える 存在

B 般若心経にある「ぎゃ〜てぎゃ〜て はらぎゃ〜て…」の 意味は…

今日の 終点 大洲の温泉センターへの荷物TAXI託送を 依頼して 七時半出立

住職は 納経所に 座って見送っていた  「お世話になりました〜」

4日目(今日が歩きの 最終日 明石寺を下って 鳥坂トンネルを抜けて 大洲の

        盆地に出るルート   昨日 歯長トンネルから下って出くわした川が肘川

         直ぐ西が海の方角なのに 東へ流れていた 地図で見ると南下した流れは

        東へ大きく迂回して北上し流れて来る処が 大洲 最後は瀬戸内海へ注ぐ

     今日は 川を迂回させている 山並みを鳥坂トンネルで突っ切ると言う事になる                         

            曇り 夕方から雨  24km   31,616歩)

 

古家並み 猫が横切る 閑静さ

明石寺の裏道を登り 卯之町へ下る

喜多郎が 明石寺を尋ねる場面がTVであったが 山中を越えて 着いていた

 成る程 あの場面は 裏から入ったのか と解る

シーボルトの弟子 二宮敬作が匿い 逃亡中の高野長英が逗留した隠し部屋が有る大庄屋清水家の 長屋門がついている家

シーボルトの娘 おいね が棲み 村田蔵六も尋ねた であろう家 等が並んでいた

街道から少し 入った場所で 深閑としている

登校生 みんな一緒に おはようさん

小学生 中学生 高校生 続々とやって来る  中高生は 自転車

背の順に並んだような 小学生の集団  通学路の街角には 先生

高校生も 朝の挨拶はやっている  悪餓鬼風も 飛ばす自転車から「おはよう!!

観自在寺を 出た時も同じ風景だったナ

この町には 山田屋まんじゅう店 なる江戸時代からの老舗があると後で知る  知っていれば・…

町中の 酒屋さんで 酒壜を入れる容器を見つけ周崎さんがリュックに入れてきた昨晩の上等品の空き壜にも加わってもらう

JA 重宝します 拝借トイレ

男性は 何とか成るが 女性が困るもの  幸い 農協は細めに配置されている

それに スーパーを併設している個所が多い

「裏に ありますよ」  商品運搬トラック 運転手用なのだろう 裏手のヤードに

設けてある個所もあった

龍光寺 近くでは 買わなくとも良い品を買ってしまったと

          女性だと「ほんじゃ どうも でした」 おさばらも し難いだろうナ

          男なら 野の花に「じゃ 達者でな」で済むが

清水さ〜ん じゃこ天あるよ 美味しそう

名物だが 最初に見つけてきたのが 清水さん

ホタルジャコ の小骨も一緒に すり身にした物を 揚げる

町外れの 街道筋に 今日の初仕事か 揚げていた  旨そうな匂いが漂う

登り坂 先の「下り」が 気付け薬

鳥坂トンネル 1,117m 大洲盆地は 下ったところ  活魚運搬のトラックも 走っている

アレコレと 尋ねる遍路に閉口し 退散したるか 店番さん

下りきった処で 後続を待つが 清水さん 森パパの二人がやってこない 

中途で国道を避けたら大回りになったと 無線で答えてきた

見かけたバス停の地名を言ってきたが 地図で調べると 可成 離れている

その間 角のタバコ屋さんに 昼食が出来るところはありません?道順は?

入れ替わり 立代わり になる

それは もう尋ねたし 決めているから  と先導役が話すのだが…

新参者が マタマタ尋ねて行ったら 不在になっていた

 

 

・取り敢えず 何はともあれ 生ビール 昼食なんぞは 後のその後

教わった うどん屋に押しかける 遅れた二人は 近くまで来た とのことで

無線で 道順を伝えながら  「取り敢えず 試飲から 始めとこうヤ!」

 冷奴 枝豆  お代わり しっかり戴く

会計が「うどん屋」にしては 大散財だったと 言ってたが 後の祭り

・白昼に なにやら哀し 屋形船

大洲に入る 肘川では 昭和32 鵜飼いが始まり 今では名物

六月末から始まるので 今はシーズンオフ

小さな船に 不釣り合いな大きな屋形 不安定さが そうした気分にしたのかも

・「しずく酒」あった!! 同時に声を挙げ

川縁を辿り おはなはん通り に出る手前の酒屋「しずく酒」の看板が出ている

今回下調べをやっておいた 銘柄  早速 中に入って注文する

「何時頃 飲まれますか?  何人ほどですか?」

「??、 大洲駅の先 3キロ程の オズの湯ですが、好きなのは五人位です」

「じゃ ポリスチの箱に 入れておきましょう」

「お幾らですか?」「5,250円です」 720ccにしては 結構な値段では有る

   リュックには入らず 紙袋に入れて 下げて歩く 事にする

たかが銭湯  何で三キロ 歩くのよ

大洲の中心街を抜けて 3km先が 今日の終点

にしても 駅を過ぎて そんなに先まで行っても又 JRに乗る為に

引き返す事に なるのでしょう 無効距離でないの?の

ブツクサも 疲れと共に出て来る

今時は 懐かしさもあり クリカラモンモン

トロン温泉 「オズの湯」到着

上がっていたら 背中全体に 刺青の男性が入って来る

昔は その手の人の入浴は お断りします なんてな掲示も見かけたが

な〜る程 こいつはいける「しずく酒」

風呂上がりの ビールを飲んだ後で 取り出してみる   ブルー色のフロスト壜

凍っている  解った!! シャーベット状にして飲む奴だな

 ガサガサと振って 解凍を促す  男性連 「そりゃなんだ?」

酒屋で貰った 小さなコップに注いで渡す「おっ!! こいつは 旨い」

 女性陣は 昨夜の二日酔いが抜けないのか 手をつけない

   モロミから 自然滴下させた物を 七年間低温発酵させて 香りが

 飛ばないように 冷凍保存したものと 解説に有った

大洲・五十崎町出身の人物に 尋ねていたので巡り合えた

ラベルを見たら「千代の亀 しずく酒」 とあった

「千代の亀」を飲んでいない と思っていたが その一種と判明

これで 下調べしたものは 解決した事になった

 ここから 直ぐ先に お大師さんが 橋の下で 一夜を過ごした とされる

「十夜ケ橋(トヨガハシ)」がある 寒くて十晩過ごした位であったと言うのが謂れ 番外札所 

   来年は ここから 44番・大宝寺:45番・岩屋寺がある 久万高原を目指す事になる

  久保君 一足先に東京へ帰る頃には雨脚も 大分強くなっていた

 

  これから 伊予大洲から 予讃線で松山に出て 観光港から フェリーで 小倉・砂津港へ

  五時着岸  帰宅は 六時過ぎになる  

    今年も 楽しい旅だった

                                                                                                                 

“後日談“

@     久保君から 連絡

『二日経ったら足の痛みは忘れ 又行きたくなった

にしても あの鰹は良かったが料理法がイマイチ あれが心残り

今度はそこを 一つ 何とか成らないか…

来年は 山に入るのなら 早めに出かけて 鰹を仕入れて参加&再挑戦 

皆さんを “う〜〜ん!!“と 言わせて みたい』

 

A     地酒の教授を してくれた人物から

『「梅錦」「滴酒」両方とも賞味されたとの事,一応紹介した者として何よりでした。

  味覚は人それぞれですので評価はいろいろ有ろうかと思いますが,愛媛ではまあ名の

  知れた部類の酒です。

  滴酒がそんなに高価なものとは私も知りませんでした。

  (何度か飲んだ事は有りますが,自分でお金を出してはおりません。)

  滴酒は千代の亀酒造の製品で私の町(五十崎町)の産です。

  社長は私と同年で学校は違いましたが中学時代は顔見知りでした。

  田舎を出てからはなんとなく交遊が切れました。

  彼の家は旧家で代々酒造りをしておりますが,テレビ等でも紹介され

    今では観光客(多くはない)が来るとの事。

 「梅錦」は東予の川之江の酒です。多分愛媛の南予と中予を今回は回られた事でしょう

   から,次回は是非酒元に立ち寄られたら良いでしょう。』

 

*それへの返信

・千代の亀 という名前も聞いていたので コイツも捜さないと駄目だな

  思っていたところ 「しずく酒」の製造元だったので 一件落着

・「五十崎」が 果たして 製造元の名前なのか 土地の名前なのか これも

  アッタのですが 地名と判明して 解決  

> 社長は私と同年で学校は違いましたが中学時代は顔見知りでした。

> 田舎を出てからはなんとなく交遊が切れました。

> 彼の家は旧家で代々酒造りをしておりますが,テレビ等でも紹介され

> 今では観光客(多くはない)が来るとの事。

そういった 友人は大事にしておくものですヨ

 

件名:     訂正です

 

前便で 「千代の亀」が酒造元で問題解決としましたが

是は誤りでした

問題解決ではアッタのですが

 

『千代の亀  秘蔵  しずく酒

    亀岡酒造 株式会社

  愛媛県喜多郡五十崎町

     大字平岡甲1592番地1

  TEL(0893)442201     

 

でした  なを 付け加えますと

 

  梅錦山川 株式会社

愛媛県川之江市金田町

   金川14番地

  TEL(0897)57-1900 

 

B     一年先輩の話し友達  東京在の技術屋さんから

『 苦言を一つ

遍路とは、弘法大師とともに、修行を行う一つの形

それゆえ、口には真言を唱え(酒を含みではない)背には遍照金剛の

尊称を負い、心には、大日如来の世界を念じ歩み、ひたすら

即身成仏を期す、とまあ一言で言えばこの様なものを考えていたが

先生のメイルを見ると、フランス、ローヌ河お城めぐりとワインの旅

にしか見えてこない。

しかし、楽しさは、美味しさはよく伝わって来ました。

私もこんど、計画したいほどです。』

 

*それへの返信

・そうでしょうネ  私もそう思います

 

  観自在寺:明石寺の宿坊では ビールもお酒も有りましたし

  刺し身も出てきました それも食事時刻に合わせて 包丁を入れます

・明石寺の朝のお勤め(六時から始まる:ちなみに 全員 般若心経は

  唱えられるようになりました 小生は経文が要ります 念のため)の

  後の講話では この時代 快適さ スピードを求め お四国さんも

  バス:車:自転車 観光宿に 変わっている

  しかし 「歩く」という 人間本来の事を続ければ それだけ多くの

  功徳が得られるでしょう との お言葉でしたヨ

・この辺りは 聖俗 の間を行ったり来たり という事です

・阿波の国の 年寄りの人達の話しでは 「寺巡り」が レジャーだったと

  @新婚旅行として行ったり

  A成人になると 女性の面々でグループを作って 住んでいる地域外に

    物見遊山を兼ねて  時には他の地域の若衆と懇意になることも

  B彼岸の頃には 友人たちと連れ立って

 と言っておりました  「御伊勢参り」 に似ています

> 先生のメイルを見ると、フランス、ローヌ河お城めぐりとワインの旅

> にしか見えてこない。

・「酒なくて・・・・」でもあります  山頭火 気取りではありませんが

> しかし、

> 楽しさは、美味しさはよく伝わって来ました。

> 私もこんど、計画したいほどです。

・是非 お勧めします  但し「歩き」ですぞ

  小豆(アズキ)に大豆(ダイズ) これも 修行です 勲章です

   飛ばない飛行機は落ちない  走らない自動車は事故らない

   歩かない遍路は 豆が出来ない です

以上

 

追記:

『出発前 支度の為の チェックリスト』

下着 一式  ・網シャツ  ・半袖上着  ・Tシャツ(ゼッケン PRINTの物)

防水ジャンパー  ・靴下  ・替え靴  ・替えズボン  ・傘(軽量)  ・タオル

和手ぬぐい  ・ターバン(汗流れ留め)  ・携帯野鳥図鑑  ・カメラ  ・双眼鏡

スケッチブック&道具一式  ・キャップランプ  ・ティッシュ  ・洗面用具一式

ペットボトル  ・ガムテープ&赤チン  ・地図(二万五千分の一)  ・旅程表

地区案内&週間天気予報(地区 HP等 PRINT OUT  ・万歩計  ・ポンチョ

予備フィルム  ・クラブ ユニフォーム  ・靴紐 小型鋏 細ロープ 等補修用具

バンドエイド 消化薬 風邪薬   ・新聞紙 ポリエチ袋 ・携帯枕 耳栓 アイマスク

健康保険証(コピー)

菅笠  ・金剛杖  ・納経帳  ・数珠  ・般若心経  ・財布